佐藤優『十五の夏』上下、『先生と私』

佐藤優さんの自伝『十五の夏』は、著者が高校一年生の夏休みに東欧・ソ連を旅したときの克明な記録。

専門家の助けを借りながら周到に準備していく様と、旅行が始まってから共産圏の国々に対する偏見がくつがえされる描写が鮮やか。高校生がここまで出来るのも凄いが、海外の一人旅に送り出す両親の度量も凄い。

そして何より、記憶力が半端ないことに驚愕。食事のメニューや出会った人との会話が詳細に再現されて、一体どんなメモとっていたのだ?と、そちらの方が気になりました。

朝から何も食べていないので、お腹が空いていた。
「何か食べたいのですけれど」と僕は支配人に尋ねた。
「このホテルのレストランは、朝と夜しかやっていません。朝食は宿泊代に含まれています。もっともシェフは、いまもいるので、サンドイッチくらいなら、つくることができます。それでもいいですか」
「もちろんです」

支配人は、僕をレストランに案内した。100人くらいが入ることができる大きなレストランだ。レストランの外は芝生になっていて、そこに木製のテーブルと椅子がある。
支配人がシェフを呼び出して、ハンガリー語で何か尋ねた後で、僕の方を振り返った。
「チーズとサラミソーセージのサンドイッチだったらできますが、それでもいいですか」
「よろこんでいただきます」
「飲み物は、コーヒーと紅茶のどちらがよいですか」
「僕はコーラが飲みたいです。コーラはありますか」
「コカ・コーラがあります。それでいいですか」
「もちろんです」
(中略)

さっそくパンをほおばってみた。パンが堅い。大宮の銀座通りの「木村屋」で売っているプチパンを思い出した。それよりも堅い。ただし、古いパンではない。粘りがあって、堅いパンなのだ。ポーランドで食べたライ麦が入ったパンよりもおいしい。

それにサラミソーセージが、言葉が見つからないほどおいしい。肉の風味と胡椒が独特のハーモニーをもたらしている。こんなにおいしいサンドイッチを食べたのは、生まれて初めてだ。

二泊三日の出張移動の合間に Kindle で読了。人生を変えた40日間。そういう旅を自分もできたら良かったな、と思いながら読みました。

続きを読みたくなり、『先生と私』の文庫本を買い求めました。

こちらは『十五の夏』の前編。生まれてから高校入学までが描かれており、主には高校受験の記録でした。

学習塾の先生たち他、魅力的な大人との出会いがあり、佐藤少年の人生針路に影響を与えた様が伝わります。

本書も会話の再現力に驚くとともに、内容が中学生離れしていることに驚愕。

「先生は、どうやったら世の中が変わると思うの」
「それは革命しかないよ」
「先生は革命をしようと思っているの」

ちょうど階段を登り終えたところだった。大宮ステーションビルの入り口の前で先生は立ち止まり、しばらく沈黙してからこう言った。
「革命をしたいと思っていたが、俺は逃げた」
「逃げたんですか」
「そうだ。僕は逃げた。佐藤君、人間には誰にも逃げなくてはならないような状況がある。そのとき重要なことがある。

先生は歩き出した。
「何ですか」と僕は尋ねた。
「『俺は逃げた』ということを正確に記憶しておくことだ」
「記憶することが重要なんですか」
「そうだ。逃げたのに戦っていると誤魔化すことがいちばんいけない」

先生は自動販売機で切符を買った。二人は何も話さずに改札口まで行った。先生は、「今日はいろいろ余計なことを話した。数学や英語でわからないことがあれば、いつでも連絡してきなさい」と行った。僕は、「ありがとうございます」と答え、先生を見送った。先生の背中がひどく淋しそうだった。

私が中学生のとき、大人と会話すること自体がなかったと思い出す。いま大人になった自分が、中学生とこんな会話をする機会はあるのだろうか。

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