中原淳先生、中村和彦先生『組織開発の探求 理論に学び、実践に活かす』

2018年度秋学期、立教大学大学院経営学研究科の「人材開発特論」を履修しました。中原淳先生の授業で、課題図書が『組織開発の探究』でした。

期末テストやレポート課題のない授業でしたが、本書の感想を書くことでレポートの代わりにしたいと思った次第です。
・・冬休み中に取り掛かるつもりが年が明け、2月も中旬になってしまいました。

本書はまず、ソデに記された文章が目に飛び込みます。

よき組織開発は人材開発とともにある
よき人材開発は組織開発とともにある

私の仕事は研修講師で、人材開発がテーマです。組織開発はあまり手がけていないのですが興味はありました。本書の刊行を心待ちにしていた一人です。

人材開発特論の授業は講義中心ではなく、学生の主体性を重視したスタイルでした。学生がレジュメを用意して講義し、学生のファシリテートで演習を行うこともありました。要所で中原先生による解説があり、大満足の授業でした。

授業の前半で、組織開発の源流はデューイ、フッサール、フロイトという三人の偉大な哲学者にあると教わりました。本書の第3章 「組織開発を支える哲学的な基盤」です。この章が最も難解でした。

デューイのプラグマティズムと経験学習、フッサールの現象学と「いま、ここ(here and now)」は組織開発と親和性が高いと思いました。しかし、フロイトがここで出てくることに私は引っかかってしまいました。

フロイトは、「病理を抱えた個人の治療」の治療手段として「精神分析」を提唱しました。組織開発は、「個人としては病理を抱えていない健常者から成るグループで、しかし、グループとしては病理を抱えている状態」を対象になされる「擬似治療行為」であるとも考えられます。(104頁)

違和感の原因は、組織開発に対する私の先入観です。組織開発とはポジティブ面に焦点を当てながら行動変容を促すもの、といった思い込みが私の中にありました。手法でいえばAI(アプリシエイティブ・インクアイアリー)、理論ならマズロー人間性心理学のイメージです。

フロイトが精神分析で扱った病理的な治療と、組織開発のアプローチは違うのではと思い、授業でもそんな意見を口にしました。

しかし、次の授業で第4章「組織開発につながる2つの集団精神療法」に進み、私の理解が浅かったと理解しました。本章ではモレノの心理劇とパールズのゲシュタルト療法が扱われましたが、それらはフロイトの影響を受けています。

第6章「組織開発の黎明期」で述べられるTグループやST(感受性訓練)、エンカウンターグループといったOD(組織開発)の初期手法は、集団精神療法から発展して確立されました。フロイトが組織開発ルーツの一つにあげられるのは確かです。

グループが抱えるネガティブなものをあえて見える化し、その問題に真っ向から向き合うというのは、組織開発も同じ構造を持っていますし、そのルーツには「集団精神療法」が埋め込まれています。

デューイやフッサールも詳しく理解していたわけではなかったので、紹介された『経験と教育』『現象学』を手に取ってみたいと思うところです。

その後の章では、アメリカと日本における組織開発の発展、第4部でキャノンやヤフー等の事例が詳述されています。そのなかで私の目を引いたのは、第10章「組織開発と『似て非なるもの』の暴走」です。

組織開発の手法が調合されて「自己啓発セミナー」となって商品化され、社会問題になりました。結果、組織開発が「怪しげなマインドコントロール」と同種のものと一部の人に捉えられました。いわば、組織開発の黒歴史。

同じ間違いを繰り返さないためにも、ファシリテーターの質と倫理が求められると強調します。・・私もたまにワークショップのファシリテーターをするので肝に命じます。

第5部の対談が最も読み応えがありました。両著者の熱いやりとりが交わされます。本書は対談から読み始めるとよいかも、と思ったりしました。

対談では「組織開発」と「人材開発」の関係について、中原先生からこんな話しがありました。

各社の人材開発の施策の立ち上げやコンサルティングに関わってきましたが、両者の区別がつかなくなることが何度もありました。「あれ、人材開発の課題をやっていたのに、いつのまにか組織開発になってるとか、「組織開発をしていたつもりなのに、いつのまにか、人材開発をやっていた」とか、そんなのばかりです。(379頁)

そこで思い出したのは、私が新卒入社した研修会社(富士ゼロックス総合教育研究所)で最初に配属された部署が、HOD事業部(Human & Organization Develpoment)だったことです。まさに本書に直球のネーミングでした。

その昔(25年前)、組織開発を仕事にしていた(組織開発系研修プログラムの法人営業)はずなのに、すっかり忘れていました。お恥ずかしいかぎりです。

私が入社したのはバブル崩壊直後で、企業は研修費を大幅削減して研修会社は試練のときでした。なかでも、組織開発系プログラムは人気がありませんでした。

成果主義が導入され、IT化を中心とした業務改善が進む中で、組織の人間的側面に投資をする組織開発は見向きもされなくなりました。1990年代のアメリカと同様、『組織開発は死んだ』という状況だったわけです。(258頁)

新入社員の私が「組織開発が死んだ」状況をリアルに体験したことに苦笑するしかありません。また、組織開発に実はあまり良い印象を持っていなかったのは、このときの原体験が原因だったと気づくこともできました。

こんな私の思い出話を書き綴っていると一向に終わらない気がしますので、まとめに入ります。

本書は中原淳先生と中村和彦先生の共著ですが、どちらがどこを分担したのかといったことが読み手には分からぬほど溶け込んでいます。対談で語られていたキーワードである「統合」を体現していた本でした。

先生方の肉声が聞こえてくる本でもありました。対談ほか、本文の行間の端々で著者の想いを感じ取ることができます。

とりわけ「はじめに(中原先生)」と「おわりに(中村先生)」の文章から、本書にかける想いが伝わってきます。

かつて、組織開発は「落日の日々」を経験しました。
今から40年前に失われた陽光が、今、窓辺に差し込もうとしています。
組織開発の2度目の「夜明け」です。(15頁)

「組織開発と人材開発はどちらが大事か」などという、つまらない党派性や競争原理から議論するのではなく、それぞれの持ち味や知識を活かしながら、お互いを尊重しながら、協働できた成果として、本書を世に出すことができました。(397頁)

最後に、私が中原先生の人材開発特論の授業で学んだこと、又、本書を読み終えての感想は、次の一文に表されていると思いました。

本質的なことは、
いつだって「シンプル」
(393頁)

2019年2月、日本の組織開発の聖地である清泉寮にて。
そして、ワークショップはつづく。

ポール・ラッシュ博士が創設したキープ協会の主催「つなぐ人フォーラム」に参加の合間をぬってレポート書き。駄文にて失礼しました。

立教大学は、焼け野原になった戦中・戦後の日本において日本のリーダー育成に掛けたポール・ラッシュ教授などのリーダーがいた大学です。(7頁)

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