化石ワークショップで小学生の生物知識の凄さに驚いた

冬休みも月曜と水曜は「まなび舎ボート」。おとといの「分解ワークショップ」につづき、本日は特別プログラム「つくろう、化石!考えよう、エネルギーと地球のみらい」

博物館から本物の化石を借りたり、つじちょうがこの日のために色々と仕込みました。

まずは、化石のレクチャーから。

まなび舎ボートは、教えるスタイルではありません。問いかけから始まり、考え、発言し、またみんなで考える「探究型」の学び方です。

つじちょうが問いかけるたび、子どもたちの手が一斉に上がりました。まさに、アクティブラーニング。

一人ずつ指していくと、様々な答えがでてきます。どんな回答でも否定されることはなく、子どもたちは次々と自分の意見を口にします。間違ったことを言ってもいい、という安心感が大事です。

今回、私も分からない難しいクイズがいくつもあったのですが、ビシッと正答を言える子がいて驚きました。おそるべし、小学生男子の生物知識。

いよいよ、メインである化石づくりへ。粘土で型をとり、石膏で固める方式で行いました。

逗子海岸で拾ってきた貝殻、おもちゃ、自分の手などなど。それぞれが好きなモノを容器に入れて粘土で型をつくり、石膏を流しこみます。

石膏が固まるまで、約30分。しばし休憩。

石膏をとりはずし、着色しました。

こちらが本日の作品集です。

化石づくりとレクチャー以外の時間は、暴れん坊少年タイム。3人の大学生サポーターが思いっきり遊び相手になってくれました。

充実した冬休みの一日でした。又、本日でまなび舎ボートの2017年も終了。

つじちょう、みなみちゃん、おつかれさまでした!

最近読んだ、学校教育の本ご紹介と引用です。

逗子市教育研究所で所長をされていた鹿嶋真弓先生のご著書『教師という生き方』。鹿嶋先生は、NHKプロフェッショナルの流儀に登場された’伝説の教師’です。

次のエピソードが、まなび舎ボートのスタイルと共通していると思いました。

「何に見える」は漢字バージョンなどほかにもありますが、次のやり方としては、まずそれぞれでやってもらたあとに、今度は班になってほかの班がきっと見つけていないだろうと思われるものを1つずつ考えてもらいます。これは話し合いで決めます(「合意形成」)。そうすると凝集性が高まります。それが終わったら「増えた?」と声をかけます。そうするとみんな「増えた」と言います。

「そうだよね。ひとりで勉強するよりも仲間と教えあったりすると伸びるよね。仲間がいるってありがたいことだよね。だから班活動も大事だよね!」

と教師なら言ってしまうところですが、絶対に言いません。それを言った瞬間、子どもたちはやる気を失います。なぜかというと「教訓的」だから。それが透けて見えると、「先生はそのためにこれをやらせたんだお」と、途端に「やらされていた」に変わってしまいます。

意味があるような言葉はNG、「プロンプト(促進)」の言葉かけのみです。この場合では「増えた?」としか聴きません。意味づけは生徒たちにまかせます。

「仲間がいるってありがたい」「みんなでやればひとりよりずーっとうまくいく」

こうしたことはふりかえりの時に生徒自身に気づいてもらうのです。それをこちらが先に行ってしまうと、プラスのフィードバックもできなくなってしまいます。生徒の手柄を横取りしてはいけません。

先に答えを言ってしまう。教訓的なことを上から目線で言ってしまう先生は多いですが、あくまでも生徒をヒーローにするのであって、教師がヒーローになってはいけません。

つづけて、

サイエンスライター竹内薫さん『子どもが主役の学校、作りました』。教育行政のリアリティに溢れた物凄い本でした。

竹内さんが情熱をもって開校に漕ぎ着けた「YES International School」、非常なる興味をそそられる学校です。

大部分の良心的な先生は、(自分の専門ですらない)全教科をきちんと教えようと努力しているし、いじめの芽があれば摘み取ろうとするし、不登校の子どもの家を訪問して「学校に来いよ」と声をかけてくれている。

問題は、先生方が忙しすぎて、生徒が多すぎて、もはや「手に負えない」状況が生じていることだ。先生は生身の人間だ。遠い惑星からやってきたスーパーマン(ウーマン)ではない。彼ら(彼女ら)がさばくことのできる仕事の量には限りがある。そして、どう考えても、先生たちへの負荷は人間の限界を超えてしまっている。

30名の生徒の中でちっちゃないじめの芽が出てきたとしよう。その兆候を発見するのは、先生一人では至難の業だ。常に30名を視野において観察することなど不可能だからだ。

これは教育実験をしてみればすぐにわかることだが、一人の先生が、生徒たちの個性を尊重しながら面倒をみることができるのは、どうがんばっても10名くらいが上限なのだ。

一クラスが15名で、担任の他に副担任が常駐していれば、いじめも早期発見ができるだろうし、学業も手取り足とり、指導することができる。

一人の先生が、30名の進度の異なる生徒間のバランスを取って、できる子の興味を失わせず、遅れている子どもを引っ張り上げ、仲間はずれになりかかっている子どもが集団に加わってやっていかれるようにする・・・そんなことは、そもそも不可能なのだ。

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