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火曜に通う大学院二日目

      2017/04/19

火曜に通う大学院。先週から夜間の大学院で勉強しています。(→ブログ「46歳の手習いで大学院に通います」

中村陽一先生の授業が刺激的です。先生の講義をサーフィンで例えれば、オーバーヘッドの波に翻弄される感じ。技量をつけて、ビックウェーブに乗れるようにならなければ。

今回は「プロ倫」こと、マックス・ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』から、社会デザインを読み解く講義がありました。本書は、大学生のときに読んだ記憶あり、そのとき全く理解ができずにトラウマになりました。先生曰く、極上のミステリーとのこと。再読しようと思います。

その他ご紹介いただく書籍が、いずれも私の関心空間にドンピシャです。紹介された本は全部読んでみようと思ったのでした。

先週は、『未来政府』『経済学者 日本の最貧困地域に挑む』の二冊をアンダーラインで真っ赤にしながら読みました。今夜は、池袋から帰りの新宿湘南ラインにて、ジュンク堂で買った見田宗介『現代社会はどこに向かうか』を読みました。

見田社会学も、壮大さのあまり挫折した過去の読書経験がありました。こちらのブックレットは講演録で読みやすい。しかし、深い。

深夜の電車で読んでいると、ウトウトし始めました。脳波が深くなってθ波が出てきた頃、目の覚める文章に会いました。

今の若い人たちがあまりいい未来を信じていないということは、直接的にはネガティブな面からきていることも大きくて、つまり日本も世界も将来あまりよくならないらしいという感じからきていることが多いのですが、先ほどいった第Ⅲ期の時代というのは、いわば持続する安定平衡期ですので、そこでは人々が未来のために生きるとか、未来のために現在を犠牲にするとかではなくて、持続する現在を豊かに生きる、そのような時代であると思うわけです。

第Ⅲ期とは、下図にある文明論です。人間の大増殖期だった第Ⅱ期がついに終わり、変曲点を迎えているのが現代。今後どうやって人間が安定平衡期に軟着陸するかが課題。

引用、つづけます。

新しいものがいいという時代は、つまり常に未来のためにあるという時代です。新しいものがいい、未来はもっといいというのは第Ⅱ期の特色ですが、そうではなくて、第Ⅲ期というのは、そして人々が本来求めていたのは、天国とか極楽のイメージにあるように非常に楽しくて充実していて明るいものが長く持続する世界であると、そういったものだろうと思います。

本質的に言えば、こういうことです。つまり、今とは違った未来が明るいということを必要としないほど現在が充実している、というのが一番いい状態です。現在が充実していなくて未来が必要なのだけれども未来が信じられない、というのはマイナスの状況です。

現代の日本の若者が、未来をあまり考えなくてもいいとか、未来を信じないということにはその両方の面があるから複雑ですね。つまり、未来未来といっていた近代の、そうした前提から解放された新しい局面がきているということの予感がある点ではポジティブですが、しかし同時にまた、実際には例えば派遣労働者の現実などがあるわけで、本当は未来が必要だけれども、そういう未来が与えられていないという意味ではネガティブなので、両方が入っていますね。それはやはり、現代という時代はその両方のベクトルを考えないといけないということです。

だから、結論としては、未来を考えなくてもいい、未来を必要としない時代というものが一番いいわけですが、未来を必要としているのに未来がないというのは、それは悪い時代であって、現代はその両方がせめぎ合っていると思います。

秋葉原無差別殺人事件を起こした犯人の心理考察から、現代社会の表象が展開されていました。

この一文は、私が子育て支援や地域活動を行うなかで、常にモヤモヤしている中身を言い表していたのでした。

未来を必要としない時代というものが一番いいわけですが、未来を必要としているのに未来がないというのは、それは悪い時代であって、現代はその両方がせめぎ合っている

R教の大学院は、木曜も授業を登録しています。先週は研修の出張で欠席でした。

私のブログが、月と水は「まなび舎ボート」、火と木は「大学院」で埋まりそうな予感がしています。それはそれで、

「今とは違った未来が明るいということを必要としないほど現在が充実している状態が一番いい」

という姿勢をもちながら、リア充を過ごしていたいと思います。

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