サイボウズ青野社長のいう「カイシャというモンスター」に呑み込まれないように!と祈りつつ、大学のキャリアカウンセラー業

公務員業を卒業して、4月からフリーの講演業に完全シフトします。

先日来そのように繰り返しておりましたが、キャリアカウンセラー業の複業があったことを漏らしていました。

2011年から、広尾にある聖心女子大学キャリアセンターでキャリアカウンセラーをしています。過去1500人強の聖心生の就職相談に乗ってきました。

今日は新年度の初出勤日。大学内の異動があり、新しいマネージャーは私が着任したときご一緒だった方でした。当時、夫をイクメンにする方法など話していた昔話をして旧交をあたためました。

昇進すると、業務や責任が増えて大変と思います。でも私個人としては、ご一緒に仕事した人が出世されるのが、自分ごとのようにうれしい気分になります。

カウンセリングの内容は守秘義務があるので此処には述べませんが、今日は10人の就職相談をしました。就活で本格化している4年生のES添削や面接対策が中心です。

たまに、「就職活動そのものに疑問を感じている」という学生や、「自分のやりたいことが新卒採用の会社で見つからない」といった相談がきます。そうしたイレギュラーな相談が私には向いていて、本領発揮のカウンセリングをします。

学生が知らないリアルな働き方の情報を伝え、あらゆる視点から可能性を探り、考え方を切り替えてもらって、最後は勇気づけをして送り出します。

大学勤務の帰りの電車で、サイボウズ青野社長の新刊を読みました。

まさに私が学生に伝えている主張のオンパレードで、我が意を得たりの心境でした。もちろん私なんかより、青野社長の思考が俄然深いのですが。

以下、フィットした箇所を引用。

売上が大きいカイシャを選びがちなのは、世間から「すごいカイシャに入ったね」と言ってもらえるから。そういうわかりやすい基準に頼りたいという自分がいるのかもしれません。(中略)

しかし、実態は違う。自分は何万人といる社員の一人。つまり、大企業の何万分の一でしかない。明日、このカイシャから自分がいなくなったって、何も変わらずカイシャは続いていく。虎の威を借りているだけの小さな存在。私はその現実から目を背けていました。

小さなプライドのために、自分が本当にやりたいことを遠ざけていました。

もし、いまあなたがカイシャを辞めようかどうしようか迷っている、あるいはあるカイシャに沛ろうかどうか思案しているのであれば、そこで働いている人に対して質問してみるといいでしょう。「カイシャは楽しいですか?」というシンプルな質問です。

カイシャは楽しいですかと聞かれて、即座に「楽しい」と答えて、その理由をスラスラと言えるのなら、その人は心から仕事を楽しめているといえるでしょう。日頃から自分の夢とカイシャのビジョンを重ね合わせて、十分な報酬を得ながら働けているのだと思います。

しかし、その人が「カイシャは楽しむところじゃない」とか、もしくは自分の楽しさのことを話さず、カイシャの業務や戦略のことばかりを話していたら、カイシャを楽しめているかどうか怪しいと感じます。そして、我慢レースを走らされているのではないかと推測します。

自分の人生ではなく、カイシャというモンスターの小間使いとしての人生を歩んでいるように感じるのです。実体のないモンスターに自分の人生を投影し、本当に自分が生きたい人生から目を背け、思考を停止したまま過ごしている気がします。

うちのカイシャはこんなに伝統があるんだ、とか、グローバルでこれくらい事業を展開しているんだ、とか、今年はこれくらい利益が出たんだ、とか。これらはすべてカイシャというモンスターに関する話です。生身の人間の話ではありません。

青野社長の本にはなかった視点で、私が学生に伝えている「出会った社会人が仕事を楽しんでいるかどうか」を見極めるポイントがあります。

それは、

声色が自然体かどうか

説明会や打ち合わせなど仕事の場面でかしこまった言い方をする人、いわゆる営業トークの話し方をする人は、生身の人間同士としての交流を拒否している印象があります。

私自身は、仕事とプライベートで口調を変える人と付き合うのが苦手です。「この人は仕事と自分を切り離しているのだな」と感じて、積極的に付き合いたいと思えません。

・・声色を使うのが職業の方、例えば(聖心に志望者が多い)アナウンサーやキャビンアテンダントは別ですよ。

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