20年前の今日も沖縄にいたことをふと思い出す

台風の影響で再び欠航するかも・・とヒヤヒヤしましたが、無事に那覇へ到着することができました。

飛行機が飛ばない可能性を考慮し、宿泊するホテルは事前予約を取らずに出たとこ勝負。安いゲストハウスでもよかったのですが、書き物をしたかったので机の広い部屋があるビジネスホテルを選択。

着ていたTシャツと同じ名前のホテル「東急REIホテル」にしました。昔の東急インですね。

Tシャツは、昔務めたお店のオープニング記念で店員スタッフに配られたもの。REI(Recreational Equipment Inc)はシアトル本社でアメリカ最大のアウトドア専門店。REIが2000年に日本へ進出した際、私はオープニングスタッフで加わりました。

自分がお店で着ていたTシャツはボロになって捨てました。今日着ているTシャツは、二年くらい前にヤフオクで購入しました。売りに出していたのは元スタッフだったオチもあり。

以下、個人的な回想をオープンにすることもないかなと思いつつ、このブログは私個人の記録になっているので、思い出したなどを長々と書き綴ります。興味ない人はスルーください。


今回の沖縄旅行は、人生のトランジション(移行期)に私が今あることを自覚し、「終わり」から「始まり」の間にある混沌とした「ニュートラルゾーン」と向き合うために、環境を変えて数日過ごそうと考えたのでした。(→読書ログ「ウィリアム・ブリッジス『トランジション人生の転機をいかすために』

沖縄に来た目的はもう一つあるのですが、それは又翌日のブログに。

ホテルのロビーで書き物をしながら、ふと思い出したことがありました。20年前の今日、私は沖縄にいました。沖縄に一ヶ月ほど滞在していました。

新卒入社した会社を28歳で辞め、自由を謳歌していた時期でした。次の仕事はアウトドアショップで働くと決めたものの、仕事開始は翌年の春。実際は採用が決まったわけではないのに飛び出した無鉄砲ぶりで、将来のことを考えると不安になるので、気を紛らわすために長期旅行に出かけました。

10月は奄美・沖縄に折りたたみのシーカヤックでアイランドトッピングの旅。那覇では沖縄カヤックセンターを定宿に、まったり過ごしました。

ちなみに、11月はネパールに渡り、アンナプルナをトレッキング。12月から3ヶ月間は蔵王坊平スキー場で住み込みバイトをして、仕事の合間はテレマークスキー三昧でした。

1ヶ月おきに旅行先から戻って来たのは、失業保険を受け取る手続きをするため。退職直前まで残業し、有給休暇をほとんど使わずに働いていたので、失業保険の算定額が大きく、月30万円になりました。退職金もあったので、一年くらい働かないでも食べれる状態でした。

会社を辞めたのは1999年6月末で、最初にしたのは海辺への引っ越しでした。辻等の海から歩いて3分のアパートに移り住み、7月から9月まで3ヶ月ほぼ毎日、海に入ってサーフィンしていました。こうみえて元湘南サーファーなのです。「神様が呉れた夏休み」と友人には言いふらしました。

辞める前の計画では、次のキャリアを仕掛けるためにアメリカに渡り、勤める予定にしていたアウトドアショップでアルバイトすることを考えました。当時の上司に退職理由を「シアトルのお店で働くので辞めます」と伝えました。

しかし退職してみると、サラリーマン生活の疲労がかなり蓄積しており、行動を起こす気力が湧きません。頭がビリビリして放心状態、身体もしびれる感覚がありました。

そうしたなか、富士山を眺めながら波間にたゆたわれていると、癒される気持ちになりました。夏が終わり、ようやく外に出る意欲が湧いてきました。

ふりかえれば、20年前の今日も私は人生の移行期で、ニュートラルゾーンの只中にいました。らせん状にぐるっと回り、また元の位置に戻ってきた感じです。

20年前と今を比べて、私の行動パターンはあまり変わっていないみたいです。後先を考えず無鉄砲に飛び出す大胆さがある一方で、自分が立てた計画をいざ実行する際は億劫になる怠惰が併存します。

20年前と今、行動パターンが変わりません。自分が抱えている課題も当時と根本的に同じで、未だ克服できていません。

なので、いま又自分の課題と向き合っても、行動パターンが変わらず、課題克服もできないような気がしてきました。であれば、じたばた抵抗するよりも受け入れるのがよしと思えてきました。

そして、こうやって自分の内面と向き合いすぎる傾向も、10代20代の頃から変わりません。当時にいろいろ考えたことをノートに書いていました。記録は残っていませんが、自分を追い込む思考をしたのを覚えています。先日、師匠から「自分を追い込む傾向があるよね」と言われましたが、ご指摘のとおりです。

内向的な性格が嫌で、自分を責める思考特性がありました。しかし32歳でうつ病に罹ってからは自分を責める思考を回避するように努め、ポジティブシンキングのスタイルになりました。「ものの見方」は変えることができました。

又、20年前と変わらない行動傾向として、計画を立てて取り組むのが不得手です。唯一それができたのは大学受験の勉強で、ほかは計画どおりにいった試しがない。自分自身の目標達成の為に動くことにモチベーションが湧かず、営業の仕事が苦手だった理由もそこでした。

何かを狙って動くよりも、直感に従う方が上手くいく。自分の為より、周りへの貢献をもとに行動することで力を発揮できる。さらに、〆切が設定されると怒涛にクリアしていくのが私の特長です。

今は時間に余裕があるので計画的なことを考えてしまうのですが、実のところ、じたばたする必要はないのかもしれない。頼まれごとを受けて立つのが、私のスタイルでした。

沖縄に来たおかげで、20年前も似た状況にあったと気づくことができました。そして、この20年間、ブラック企業の転職を繰り返し、娘の誕生で会社員を辞めて起業し、今も安定しない働き方をしており、他いろいろしんどいことがありつつも、なんとかなってきました。

きっと、これからの人生も、なるようになるはず。沖縄言葉でいう
なんくるないさーの精神でいこう。

沖縄に来たからこそ得られた気づきでした。来てよかった。

お土産に、なんくるないさーTシャツを買い求めました。このTシャツを着て、又20年後に思い出そうっと。

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