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巡回アカデミーで岡山県「自治体における子育て支援の仕組みづくり」

      2017/07/14

講師業で岡山県市町村振興センターへ。岡山駅から会場に向かうタクシーが飛ばして危なっかしく、岡山県の運転マナーにまつわる噂は本当でした。(→exciteニュース「岡山県の運転マナーが悪すぎる「ウィンカーの合図出さない」全国ワースト

研修は、千葉に拠点のある市町村アカデミーが地域に出向いて開催する巡回アカデミー。今回は岡山県の開催で、子育て支援テーマで行うのは初とのこと。3日間研修の二日目後半が私の担当。顔なじみのある先生方の後を受けての講義です。

市町村アカデミーの研修は先月行いました。本家の研修は毎年楽しみで、情熱あふれる受講生が全国から集まり、自治体職員研修で一番手応えがあります。岡山県内市町村職員へ「千葉にも是非来てくださいね」と勧誘するところから今回の研修を始めました。

いただいたお題は「自治体における子育て支援の仕組みづくり」。私なりのメッセージで「担当者の想いから始まる」「ワンオペ育児からチーム育児」と訴求しました。

グループワークに時間を多くとり、受講生同士の交流を図りました。3つの動画を上映し、最後はドリプラプレゼンでしめくくり、3回泣ける研修になったのでは。

ワールドカフェの話し合いでは、業務量の過多など「働き方」に課題を抱えている様子が伝わりました。子育て支援担当者にイクボス研修が必要!と改めて思います。

受講された職員みなさんの想いが、それぞれの持ち場で発揮されることを期待しております。*公益財団法人岡山県市町村振興協会 研修センターのFacebookでレポートが後日載るかも。

行きと帰りの移動は読書タイム。新幹線片道3時間、たっぷり本を読むことができて満足。

私のFacebookに投稿した読書メモを、こちらにも備忘録で。中村陽一先生(立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科委員長)から勧められる書籍は当たりが多い。

  • 国家が文化的多様性の問題についてどのように対応するか、日本においてはアメリカやヨーロッパとは異なる態度が示される。多様性の容認というよりも、多様性に対する抵抗という顔を日本は見せるのである。
  • イギリスの国勢調査ではエスニシティ(民族帰属意識)について尋ねる項目があるが、日本においては民族の出自は問われず、むしろ国籍について尋ねるという事実は注目に値する。帰化した外国人も、二重の民族文化をアイデンティティとして持つ日本国籍保持者も、統計学的には日本人として扱われる。彼らが社会的には日本人とはみなされず、それも悪意なくそう扱われるにもかかわらずである。「ハーフ」という言葉がそれを端的に示す例である。
  • したがって日本の人口的多様性は大まかに二つの方法で表されている。一つ目は、文化的多様性ではなく、年齢と障がいの観点からみた社会の多様性である。
  • 日本では調和とコミュニティへの帰属意識は、均一性とコンセンサスを通じて達成されると見なされている。均一性は常識や創造性、進歩にとって不利な作用を及ぼすようなネガティブな考え方とはみなされていないのである。個人主義が尊重されているイギリスのような社会とはこの点で異なっている。
  • ここで私は日本の学校教育の厳しいルールに順応する困難を味わったことを思い出す。それは日本における私の子供の学校生活においてのことである。小さなことから大きなことまであらゆる場面においてである。
  • すなわち、母親が子供のために裁縫する、サイズ、形、素材までもが正確に規定されている靴入れ袋から、クラスで「交換日記」を回し読みするという私がショックを受けた個人のプライバシーの侵害まで。(欧米では日記は極めて私的なものとみなされ、他人の目にさらされるものという発想がない)
  • しかし、私はすぐに日本は調和とコンセンサスがきわめて重要であり、均一性はこの考えの一表現に過ぎないものであるということを学んだ。それは良し悪しの問題ではなく、ただ異なるというだけなのである。
  • 日本の若者の異なるライフスタイル、期待するものや価値観は、前の世代の人々とは同調しないかもしれない。そこには変化する社会の現実が存在する。すなわち、大家族制度の崩壊、仕事のパターンと文化の変化、女性の社会進出、東日本大震災と福島の原発事故に代表される自然および人為的な災害の余波においてのコミュニティの分裂と離散などである。
  • これらはすべて現状に対する挑戦であり、社会政策におけるイノベーションや新しい発想、モデルが求められている。それはこれまで死守されてきたような固定的な視点や合意文化によるものではない。
  • 強調したいのは、日本においては多様性が必ずしもイギリスをはじめとする他の国々と同じ意味や同じ形態をとるとは限らないという点である。しかし、それがどのような形をとるものであれ、多様性は恐れるものではなく喜んで受け入れるべきものなのである。
  • 多様性は人生のあらゆる面において新しく創造的な発見と表現の形の中に見出される。とくにビジネスの面においてはそれがあてはまる。それはまるで貝の中の砂塵がいつしか真珠になるようなものである。
  • 世界を代表するデザイン思考家エツィオ・マンジーニは「危機」という言葉の漢字が「危険」と「機会」という二つの考えから成り立っていることを好んで指摘する。日本にとっての多様性はまさにこれなのである。
  • 日本では多くの人が65歳で定年退職して生計を立てることが不可能であり、まさに倒れるまで働かないといけないのである。
  • その仕事はしばしば、はるかに実際の能力より下のものであったりする。日本以外の先進国で、70代後半の男性が警備員や駐車場係として照りつける太陽の下で働き、少ない賃金をあてがわれる国は存在しない。
  • 世界中で日本以外に退職者を「無職」という言葉で表現する国がどこにあるだろうか。成人してからずっと勤めていても、退職した途端にあたかも社会的に無価値な存在として扱われるような場所は日本以外に存在しないのである。

 - 研修講師業, 読んだ本