石巻市立大川小学校を「悲劇」で終わらせないように〜佐藤敏郎先生の講演会

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以前にご紹介しました「逗葉地域の防災を考える 宮城県石巻市立大川小学校の悲劇と提言」の講演会が、逗子文化プラザなぎさホールで行われました。

講演者の佐藤敏郎先生は震災当時、女川中学校の教諭。ご自身が「笑って踊れる先生だった」とおっしゃっていたとおり明朗快活で、生徒から人気がある先生だったと思いました。

「おちゃらけた先生」と自称されていた佐藤先生が教員職を辞し、全国各地で防災に関する啓発活動をされているのは、大津波で生徒74名が亡くなった大川小学校を「ただの悲劇」に終わらせたくないの一念でした。先生のお嬢さんは大川小学校6年生で、その日は卒業式の準備をしていたとのこと。大災害が日常を襲いました。

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佐藤先生の明るい口調で語られる話しの中に深淵が覗くときがありました。例えば、12人に1人が亡くなった女川町の中学校で俳句づくりをした生徒の気持ちなど、ぐっとくるものがありました。

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「311を自分ごとにする」「311を学びに変える」と話されたように、震災について感情的に訴えるだけでなく、具体的に考えることに佐藤先生の主眼がありました。「どう向き合うか」の言葉が繰り返しあり、響きました。

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なかでも私が刺さったのは、「今は震災後ではない。次の震災前だ」の言葉。熊本大分地方の地震が起きたばかりですし、この湘南地域も首都直下型地震や箱根山の噴火など災害がいつ来るかわかりません。佐藤先生は「小さな命の意味を考える会」の代表となりましたが、私たちの命は地球がぶるっと震えるだけで脅かされるほど、本当に小さなものであると実感しました。

後半はパネルトーク。近藤県議、山梨町長など4名が登壇され、葉山町と逗子市、神奈川県の防災について情報提供がありました。

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佐藤先生の講演は胸にしみて、素晴らしかったのですが、運営面で惜しいところが沢山あり。その一つがパネルトークの進行で、司会の方が丁寧なのは良かったのですが、パネラーと司会の一問一答式で、佐藤先生とパネラーの机の距離が遠すぎ、クロストークにならず。佐藤先生がいらしている価値を引き出せなかった。パネラーとの事前打ち合わせもほとんどなかった様子で、惜しい。

311の教訓をこの地域でどう活かすかという趣旨だったはずが、パネルトークでそこに向かわなかったためか、質疑応答でマイクをもった3名がいずれも行政批判の発言となり、なんだかなぁの展開に。主催は葉山町の市民団体でしたが、私も企画進行で関われる機会を積極的につくればよかった、と惜しい気持ちになりました。

そして、私も反省するところが大なのですが、集客が渋かった。講演会の情報をチラシをみてキャッチし、主催者にメールして告知協力する約束をしたものの十分でなく、広いホールに聴衆がまばら。私も似た経験をしたことがありますが、この状況での講演は心が折れます。

講演会が終わり、今日も募金をしました。佐藤先生の講演録も載っている『16歳の語り部』もありましたが、『女川一中生の句』を購入しました。釣り銭も募金。・・事務局が釣り銭を用意していなかったので。。

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