『16歳の語り部』を読みながら逗子の海を眺める〜3月12日は逗子の高校生が被災地を語ります

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逗子在住で女川町出身の写真家、鈴木麻弓さんのFacebookでシェアされた本のことが、ずっと気になっていました。(→鈴木麻弓さんの紹介記事が昨日の日経に掲載

あの日の小学生が、5年たって今はもう高校生。時間は、間違いなく動いている。

どうして3人は今、語りだしたのだろう。そこには彼らなりの覚悟と、5年間の葛藤と、語り部としての確かな使命感が存在する。本書は、今の彼らにしか語れない言葉の記録であり、この5年間の歩みの集積だ。

ここには、大人が見過ごしてきてしまった子どもたちのリアルな声が詰まっている。

当時、小学生だった宮城県東松島市の3人が、あの日を「ただのつらかった過去」にせず「学び」に変えるために、東日本大震災の語り部として活動を開始。『16歳の語り部』は3人の講演録で、胸にしみました。

あの日、あのとき。
僕は、小学5年生だった。体育館で体育の授業を受けていた。
学校に迫り来る津波を見た。目の前で人が流されていった。

がれきの山に遺体を見た。自宅はヘドロに埋もれていた。
行方不明の友だちは帰ってこなかった。
僕たちは震災を口にしないように気をつけて、
何もなかったかのようにふるまった。

あれから5年。僕は語り伝えたい。
あの日のことを、自分の言葉で。
二度と悲しみが繰り返されないように。

おりしも海を見渡す場所で、本書を読了。いつもは穏やかな逗子海岸。いつ大津波が来ないとも限らない。

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講演のときに僕はよく、「未災地」という言葉を使います。これは西高の元校長である齋藤先生の言葉です。文字通り、いまだに災害がきていない地域のことです。日本に住んでいる限り、津波、地震、火山噴火、台風など、いずれ災害はやってきます。そういう意味で「未」なのです。

そう、東北の沿岸部にかぎらず、日本のどこだって被災地になる可能性がある。

たとえば、3月11日の午後2時46分になると誰もが黙祷を捧げます。でも、本当にたくさんの命が失われたのは、何十分後、何時間後のことです。

「3月11日午後2時46分」という切り取られた瞬間だけが震災ではなく、そのあとにも震災はずっと続いていた。これは、なかなか想像できないことだと思います。

だからこそ、被災体験を聞いたとき、未災地の人は「そんなことがあったんだ」で終わらせず、「自分の街で災害が起きたときはどうしよう。あそこは危なさそうだ」と、自分ごととして考えてほしいのです。

3月11日と12日、逗子で311を偲ぶイベントをします。

’イベント’という一回やってお終いのものとせず、まさに「自分の街で災害が起きたときはどうしよう」の想いをもちながら行いたいと思っていたところでした。

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語り部の記録と記憶は、胸に響くことばかり。地震がきた瞬間、津波のこと、避難所の暮らし、葛藤と平穏の混じった学校生活、先生から「ごめんね」のメッセージ等々、引用するとキリがないほどで、ぜひ本書を手にとっていただければ。

そのなか、私が一番しみたのは、当時子どもだった彼らから大人へのメッセージです。

僕にとっては、大人たちが子どもに何も話してくれなかったことのほうがつらかった。確かに、僕たちは当時まだ子どもだったけれど、対等な「ひとりの人間」として扱ってほしかったし、子どもだからという理由で「特別扱い」をしないでほしかった。一緒に考えれば、小学生だった僕たちにだって何かできることがあったのではないかと、ずっと思っていました。

同じ場面に遭遇したとき、私自身は子どもたちを「ひとりの人間」として対等に関わることができだろうか。この言葉を胸に留めておこう。

東京から1泊2日で宮城県を訪れた、東京の高校生の講演記録も掲載されています。この語りも気づきが多かったです。

私たちがいくら現地に行って、「大変だったんだな」「勉強になったな」とその場で少しばかり思ったとしても、「ただ思っただけ」になってしまうんじゃないか? だって、普段の私たちは震災の話なんてめったにしない。現地に行って、そこから帰ってきて、いったいそれが何につながっていくのだろう。純粋に疑問だったのです。

でも私は、行って変わりました。自分がいちばんびっくりするくらいに。(中略)この光景を、たくさんの人に実際に見てほしい。そんな気持ちが生まれたのです。それに、ニュースを見て「考える」ようになりました。(中略)

私たちが普段、あり得ないと思っている「非日常」は、ある日突然「日常」に化けて、私たちの大切なものをすべて奪い去っていく可能性を秘めているんです。

でも、それをいきなり想像しろと言われても無理だと思います。だからこそ私は、どうしてこんなことになったんだろうとその背景を考えたり、この被害にあった人たちは今どうしてほしいんだろうかを考えたりしながら、ニュースに接するようになりました。想像力を働かせることは、とても大切なことだと思います。

逗子でも震災の翌年から、高校生を1泊2日で被災地に派遣する研修会を行っています。去年12月に逗子の高校生が石巻と女川を訪れており、今週土曜のまちづくりトークでは彼らの報告会を行います。どんな想像力と気づきが沸き起こるのか、楽しみです。

そして最後に、本書をまとめた佐藤敏郎さんからのメッセージ。ご自身のお嬢さんも震災で亡くされ、28年の教員生活に区切りをつけて、現在はNPO法人キッズ ナウ ジャパン事務局長を務めていらっしゃいます。

受け入れたくない、目を背けたい、逃げ出したい。そういうつらい現実は、時を選ばず誰のものにでもやってくる。

その「つらかったこと」をなかったことにできたら、どんなにいいだろうか。好きでそうなったわけじゃないけれど、自分ではどうすることもできない・・・。

あの震災からの日々は、私たちにとってその典型だった。

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