そっかスタート!7月3・7・8・9・10日は「逗子・森里川海まつり2016」で逗子海岸に集合!!

uminokingdam 逗子で新たに設立された「一般社団法人そっか」が動き始めました。いよいよパドリングをスタート!

先月に逗子開成のホールで催された「海遍路シンポジウム」で団体立ち上げのアナウンスあり、期待感が高まっていたところでした。これから色々と始まる予感。(本ページの写真はそっかFacebookページより借用)

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まずは、7/3(日)7(木)8(金)9(土)10(日)に開催の『逗子・森里川海まつり2016』に要ご注目。~詳しくは「そっか」のFacebookページを是非チェックください~

対象と年齢層に応じた魅力的なプログラムが目白押し。要予約もあります。ご関心のある方、お申込みはお早めに!予約不要の会は、飛び込み歓迎!!

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ここでは一つだけご案内を。以下、そっかFacebookページより転記です。(・・私も次女を連れて参加しようと)

7/9(土)9時半~11時半「海のようちえん」体験会

「森のようちえん」があるなら、海にだって!暮らしのそばにある海で、幼稚園に入る前の親子が思いきり遊ぶ、自主保育「海のようちえん」。特別なゲストはいません。SUPやカヌー、ニッパーボードなどの海遊び道具はあるけれど、なにかを「教える」ということもありません。

この町で時間を重ねるにつれて「海がある暮らしを子どもたちの “日常” に」と願うようになり、イベントではなく、毎日のこととして、親子でこの町の森里川海を楽しもうという親たちがいます。彼らが毎週一度集まって開催している「海のようちえん」、今回はそれを町のみんなで体験しよう!という試みです。

砂遊びするもよし、波で遊ぶもよし、親子でSUPに乗ってみるもよし、6人乗りカヌーで沖に出るのもよし。放課後の海の学校「黒門とびうおクラブ」から数名、海の達人のコーチも参加しますが、遊びの主体はあくまでも子どもたちとその親である皆さんです。

合い言葉は「私たちの子どもたち」。みんな自然と他の子どもにも声をかけ、見守る雰囲気ができはじめたら最高。子どもたちに楽しい時間を、とはじめた取り組みは、フタをあけてみれば親たちにとってもパラダイス、かもしれません。小学校に入る前の子どもたちと、そのお父さんお母さん。集まれー!

日時: 7月9日(土)9時半〜11時半
場所: 逗子海岸「太陽の塔」前
参加費: 無料
対象: 海が好きなすべての子ども(未就学児)とその親
担当: 永井巧(一般社団法人「そっか」共同代表、「黒門とびうおクラブ」代表)
予約: 不要

共同代表・小野寺愛さんのブログ「一般社団法人『そっか』、始めます!」もご紹介。想いがあふれて切り取りしがたく、ブログの全文を転記しまーす(文章のみ)。

これは、私としては、ものすごく大事な投稿です。
久しぶりに、暑苦しいくらいに想いを書き連ねました。読んでいただけたら嬉しいです。

一般社団法人「そっか」、はじめます!!

世の中、「意味のあること」が多すぎます。

サーフィンのために波がいい土地に暮らしたいとか、世界一周してみたいとか、若い人たちが楽しくロマンを語れば「そんなことして意味あるの?」と返す大人がいます。

素晴らしい先生に教えてもらう素晴らしいワークショップに次々に参加し、自分で自分の時間のつかいかたを考える余地もないほどに習いごと地獄に陥っている子どもがいます。

今の時代を生きる大人で思いつける程度の「意味があること」しかさせてもらえなかったら、未来を担う若い人や子どもたちは、それはそれは窮屈だろうと思います。

幼いライト兄弟が飛行機の試作に失敗を重ねていたとき、
若きゴッホが理解されにくい絵を描き続けていたとき、
ファーブルが虫に夢中で道ばたから離れることができなかったとき、
シェイクスピアが学校の授業そっちのけでお話を書いていたとき、

周りの大人はやっぱり言っていたかもしれません。
「そんなことして意味あるの?」って。

一方、「意味はないけど、楽しい!」を夢中になって重ねる中にこそ人の発見や成長がある、と応援した大人もいたかもしれません。彼らの「楽しい!」が「意味があるもの」として成熟したのは、そんな心あるサポートあってこそ、、、だったかも、しれません。

「意味があること」のまねごとで階段を一歩一歩のぼる予定調和の世界だけでは、人生がもったいない。知らなかった世界で五感と身体をフルに使って、魂が震えるワクワクを重ねながら進む中に、喜びがあります。それをみんなで分かち合うところに、幸せがあります。生きるっていうのは、そういうことじゃないかと思うんです。

でも人は、そういう基本的なことを、すぐに忘れてしまう生き物のようです。

どういうときに、忘れちゃうのかな。
考えて考えて考えた末の、私なりの結論は、

暮らしを足下の自然から切り離し、
自分たちで衣食住を作ることをやめ、
面倒なことはお金に頼ってアウトソースすることができる、
そんな便利な社会システムが「意味があること」信仰を少しずつ厚みのあるものにしてきたのではないか、
ということでした。

だったら。

足下の自然を舞台に、子どもも大人もみんな楽しんでみたらどうだろう。
できるところから、自分たちで衣食住をつくる知恵を取り戻せないかな。
お金で解決する前に、「あるものでやってみる」を楽しんじゃおう。

そして、
(大自然の中でのアウトドア体験を、都市生活の癒しとしてイベント的に取り入れるのもいいけれど)、

足下の小さな自然を「日常的に」楽しむ機会をどんどん作っちゃおう。
と、思うようになりました。

放課後は、みんなで海に遊びに行こうよ。
この町の川の水源がどこにあるのか、探検、探検。
学校の空きスペースは、畑にしちゃえばいいんじゃない?
帰り道に歩く道ばたにも、食べられる野草がこんなにたくさん!

そんな「意味はないけど、楽しい!」を、足下の自然を舞台に、もっともっと町のみんなで重ねていったとき、これからの町の風景がどんな風に変わっていくか、見てみたくなりました。

以下、そんな想いをぎゅっと代弁した、「そっか」共同代表の Satoru Yahata の言葉を掲載します。


20年間、古代の舟と変わらぬ人力を動力としたカヤックを手足に、自然を学び、世界のさまざまな地域を訪れてきました。現代から石器時代のような暮らしを見聞して思うのは、人が「幸せだ、豊かだ」と感じるのは「楽しい共有の場と時間」を持つときだということです。そこには、ずっと昔から大切にしてきた足下の自然との共存、「分かち合い」を基盤とした暮らしがありました。

足下の自然から暮らしが切り離され、人間本来の分かち合いの場だった「地域」が弱くなっている都市生活。町の将来を「消費」と「個」の強さに依存するのではなく、暮らしの中に「共有の機会」をつくることで、利便性と引き換えに失いかけたものを、楽しみながら揺り戻すことができないかと考えています。

足下の「食べる」「集う」「遊ぶ」をもう一度根付かせ、楽しく向き合っていくために、一般社団法人「そっか」をはじめます。
皆様ぜひ、この活動にご参加ください。

一般社団法人「そっか」共同代表 八幡暁


うんうん。

とはいえ、衣食住を自分の手に取り戻すって、都市では結構ハードル高いです。だから、みんなで集まる場を作りたい。

ひとりじゃできないけど、
みんなでDIYして、循環する庭をつくってみるのは楽しい。

ひとりじゃやらないけど、
みんなで集まって、昔あった井戸を掘って復活させたら、災害時にも生きる。

ひとりじゃ面倒だけど、
みんなで集まって、お醤油や味噌を仕込むのが季節の風物詩になったら嬉しい。

「そっか!そうすればよかったんだ」
「そっか!自分でやればできるのか」

足下(音読みすると「そっか」、笑)の自然を楽しみながら「見たい町の変化に、自分自身がなる」ということを、自分ひとりでじゃなく、みんなでやりたい。「私の子ども」とだけじゃなく、「私たちの子どもたち」という発想で、みんなで子どもの遊ぶ環境をつくりたい。

もともと自然遊びが大好きでそれを貫いてきた八幡暁、永井巧、内野加奈子と私の4人で、町中の(ゆくゆくは世界中の!)すべての子どもと大人に招待状を出すようなつもりで、一般社団法人「そっか」の活動をはじめました。

・・・というわけで。

その最初の企画として来週から、「逗子・森里川海まつり」を実施します!

「原っぱ大学」や「ごかんのもり」、パーマカルチャー母ちゃん、黒門かるちゃークラブ、渚小屋など、逗子の森里川海を遊ぶのが大好きな仲間たちに協力してもらい、この町の自然を遊び尽くすイベントが盛りだくさんな1週間。

難しいことは置いといて、まずは「意味はないけど、楽しーっ!!」に参加しにきてください。そして、楽しかったら次回はぜひ、町の「そっか!」を一緒に企画する側にまわってください。

フライヤーは、来週から町中の掲示板に、少しずつみんなで掲載します。

各イベントの詳細説明は、明日以降順次、一般社団法人 「そっか」の facebookページにてお知らせします。イベントのご予約も、お手伝いのお申し出も、この投稿や「そっか」ページへの「いいね」も「シェア」も、すべて大歓迎です。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

と、ここで公開しようと思ったら、共同代表の八幡暁さんのFacebook投稿あがっていました。こちらも全文引用です。

「人間活動特区、はじめます」

なんのこっちゃ?
夏だけに、冷やし中華はじめました的な?
宇多田?
もしくは、新手の何かの勧誘か?

毎度毎度、FBって語る場じゃないからね、
そう周りから叱られておるのに学ばず…
長くなったら、すみません。

西にオイシイ魚があると聞けば、西へ。
東に素敵な暮らしがあると聞けば、東へ。

デクノボーと呼ばれながらも、
自分の身体を実験台にして、
祖先、人類のしてきたことってスゲェー!
と意味なく叫んでみたり。

なんとなく、好きなように生きてきた私ですが、
気づけば結婚して、息子も生まれ、
最高の自然体験をサポートする仕事しようと
体験の意味などぶっとんでしまうような、
最高のフィールドで始めたお店も、
低空飛行ながらも存続し、
一緒に働く仲間も出来ました。

これだけでも有難いことです。

そんなこんなで、いろんな土地にお邪魔し、
素敵な地域だなぁ、と感じことは、
その土地に降り注ぐ太陽と水と土、海、川から
何がしの幸を得る時間と場所が
そこの暮らす人の手と手で成り立っていることでした。

いやはや、ほんと凄いことです。

だって、自分の好きなように経済活動をし、
趣味を充実させた方が、
短期的にはストレスもないですしね。

自分の子供にだけ、
お金と時間を集中的に投下した方が、
能力は効率的に上がるでしょうし、
結果、将来活躍する可能性は高くなるだろうに、と
思うじゃないですか?

「地域の子供全体を、地域の大人が全体として包み込む」
これが猿という種の動物の中で、
かなりひ弱な部類に属していた類猿人が選択した
生き延びる方法なんだという話を
猿学の研究者が伝えているのを聞いて
膝を打ったものでした。

あーそっか!

自然の中で人が生きるって、そういうことか。
ただ海で遊んできただけど、
見聞きしてきたことと符号すること多々。

何万年もかけた脳の進化。
その機能にとって、喜びや充実感の由来は、
そうした暮らしの中から生まれるように出来ているのか…

自分の出来ることで、
人の役に立てたときウレシーって
普通のことなんですね、先生。

あるものさしで優劣を計り、
食いぶちを多く獲って来る強者を作り出すのも
生き残る為の本能であるけれど、
そのベースにあるのは、協働、共有なのです、とな。

あーそっか!

どこに居ても気の合う仲間は、勿論、大切だけど、
子供が育つのは半径5キロ。
その中には、気が合わない人もいる。
でも食い物もここにある。
だから、折り合いつけつつなんとか楽しく過ごす。
この「地続き感」こそが大切というわけか…

都市生活って、一見、安全で便利だけど
暮らしは(仕事も情報もかな)同質性が高くなり、
人、地域、足下の地続き感をベースにした時間、場所、
遠くなってるかもなぁ…

う~ん、そうだなぁ…

これってそもそも、
経済特区なんてのはあるように、
個人や経済活動が優先されがちな
現代の仕組みと違って
全体として生き残りつつ楽しく暮らす、
そんな話だからなぁ…

どっちが良いかもわからないし、
噛み合うものだろうか?

結局は、自分の子供が暮らす未来は
どういう社会がいいのかな?

そんな問題意識を、
漁民やら周りの先輩方に突き付けられ、
打開策も見いだせないまま
「食う」「寝る」「遊ぶ」の人間活動をしながら、
(誰でも出来るレベルのことばかり)
多様な仲間の活動にも参加させてもらいながら、
警察やら行政からも時には怒られ、
地下活動を続けつつ、
この2年、過ごしていたいのです。

が、なんと、そんな地下活動をされている方々が
近くにもいることがわかり
(たぶん、出会ってないだけで先人が沢山います)
「足下」「集う」欠けていたキーワードが埋まり、
じゃ、皆で遊びながら考えながらやろっか!?
別にさ、意味なんてなくたっていいし。
まずは生きてればOKだしさ、
ということで始めたのこれ。

人間活動特区「そっか」

仮の名称は、一般社団法人「そっか」というらしいです。

しいてミッションを言えば、
「足下から子供も大人もスゲェー楽しい、胃袋も満足」
かな。

平和とか社会貢献とかって、大命題だけど、
たぶん普通の日常の足下、暮らしの連続なんだろうなと。

あーだーこーだ、言いながら、
身近な繋がり、ご近所さんと
自分達の楽しい場を作っていけたら、
それは楽しいんでないかな。

で、いきなりですが、
7月3日~10日までの週末、何かやります(笑)

起きて半畳、寝て一畳、天下とっても二合半。
立場不問。
楽しい人間活動、一緒にやりませんか?

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