鈴木亘『経済学者、待機児童ゼロに挑む』

学習院大学経済学部教授、鈴木亘先生の描く待機児童問題のリアル。

先生ご自身が保育園で散々な目に遭われて苦しんだ当事者経験談と、墨田区保育改革委員長や東京都知事のブレーンとなって待機児童対策に奔走された内容。読み応えがあります。

大阪あいりん地区の改革に迫る前著もリアルな生々しさに圧倒されました。

待機児童の構造的な問題と、なぜ解決できないのかを科学的かつ実態論としての分析が勉強になりました。

本書では、待機児童は「社会主義的な保育制度」に問題があると解説されます。

つまり、保育料を政治的に安くしすぎることや、認可保育所への参入障壁を設けていることが、待機児童問題の解決ができない根本的な原因にある。

詳しく知りたい方は本書を読まれることを勧めますが、経済合理性な観点でいえば、保育制度は不合理が多いと思わされました。

本書で言及された次の数字は驚愕でした。

認可保育園の運営費です。墨田区の場合、
0歳児が月額39万円、1歳児が20万円、2歳児が18万円という数字でした。

私も逗子市で子ども・子育て会議の委員をした際に最初の議題が「保育料の値上げ」で、半年ぐらいかけて月一回の協議をしました。

行政としては値上げしたい意図があり、そのための検討材料として、周辺市町の保育料と国基準額の比較データなど膨大な資料が出されました。しかし、保育園の利用者でもある立場から「値上げしてください」とは言い難く、モヤモヤした気持ちにさせられました。

鈴木先生のような方が議長だったら話しが早かったのに・・と思わされました。

既得権をもつ団体から圧力がかかることは、神奈川県の子ども・子育て会議の委員をして感じるときがありました。次のようなシーンはなかったですが。

今でも忘れられないのが、規制緩和反対派のある首長が議論の途中で突然、「赤ちゃんたちは自分で保育園を選べないんですよ! 狭い部屋に入れられる赤ちゃんの気持ちがわかりますか! 可哀想じゃないですか!」などと傍聴席の方を向いて叫び、傍聴席の保育関係者がワーッと拍手をしたシーンです。

私が即座に「何を言っているんだ、オマエ! 一番可哀想なのは保育園に入れない赤ちゃんに決まっているじゃないか。ベビーホテルに入っている赤ちゃんこそ、狭いスペースしかなくて可哀想だ。だからこそ、贅沢基準の広い認可保育所がちょっとぐらい譲って、待機児童を少しても多く入れてあげるべきだ!」と言おうとしたところ、私の不穏な気配を感じた部会長に制されました。代わりに、中立的な委員たちが珍しく怒りをあらわにして同様の趣旨のことを言ってくれたので、私はブーイングの嵐を避けることができました。

また、現在の待機児童対策で、企業主導型保育が大ヒット作と解説もありました。行政の認可ではなく「届出制」がブレークスルーになっているとのこと。

逗子という小さな町でも最近、二つの企業主導型保育が作られました(行政は届出があるまで把握していなかった)。待機児童、解消されてほしいと切に願います。

ときに辛辣な内容が続くなかで、ユーモラスな話題も挿入されます。

私が最も驚いたのは、ある日、保育園にお迎えに行くと、入り口にバリケードのように机が並べられ、そこで、東京都への抗議の手紙を書かされたことです。手紙を書かなければ、保育園の中に入れません。

(中略)

はがきは園の方で用意しており、書くべき文面も紙で渡されます。宛名に記す審議会委員の住所・名前も一覧になっており、最も悪質なる5人の委員のうちから1人を選んで宛名を書いて欲しいというのです。びっくりしたのは、そこに「学習院大学 鈴木亘教授」と、私の名前があったことでした。

(中略)

書かないことには我が子のいる部屋に入れてもらえないようでしたから、「この先生はちょっと・・」とか何とか言って、自分の名前ではなく部会長の先生宛の抗議文を書きました。しかし、自分の身分がバレているのではないか、と冷や汗をかきました。

その後、段ボール15箱ぐらいの抗議文が大学の私の研究室に届きました。東京中の保育園で同じようなことが行われていたのです。何を勘違いしているのか、自治労の各区市の支部ごとに支部名の書かれた封筒に入っているので、どこがとりまとめをしているかが丸わかりです。

後で他の委員たちに聞いてみると、「親からの抗議のはがきは本当につらかった」などと言っていました。私はどのようにして親が抗議文を書かされたのかを知っていますので、あまり気にも留めませんでした。

感情論や感覚的な物言いではなく、エビデンスに基づいて議論を展開することの大切さを本書から学びました。

一番印象に残ったのは、鈴木先生の長男が過ごしたアメリカの保育園の話しでした。

その教育内容、保育内容は大変満足のいくもので、高い保育料に見合うだけの価値がありました。まず感心させられたのは、はじめに担任と主任の先生たち3人の家庭訪問があり、家庭で子どもがどのように過ごしているかを実際に見た上で、子どもの個性や親の意向、様々な家庭事情などを時間をかけて聞き取りしたことです。

その上で、長男に合わせた教育方針や目標をテーラーメイドで作り、後日、親に説明がありました。親がそれに納得すればサインをして契約完了です。家庭でどのような教育を行うべきかについても詳細なアドバイスがあり、親も一定の努力を要求されます。保育士たちは、まさに幼児教育のプロという感じでした。実際に聞いてみると、担任の先生は大学院で幼児教育を先行して、修士号を持っているということでした。

この保育園では1クラスに3人の先生がつくチーム制を敷いており、読み書きや運動のほか、音楽や絵画などの情操教育もしっかり行います。様々な活動を支える器具や教材も最新のもので、とても充実しています。

日本のように集団で保育され、皆が同じことを行うというのではなく、個人個人がそれぞれのレベルに合わせて別々のことに取り組んでいて、それに先生たちが寄り添って教育するスタイルです。先生の数も日本より明らかに多かったと思います。

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